6月後半に(38年ぶりに)スウェーデンへ行って、非常にショックを受けた.スウェーデンは世界最初の社会福祉国家(1930年半ばから)1971年(有名なストックホルム会議)には環境汚染問題を「地球規模の問題」とした最初の国だ.

Noro153+EN2011-08-29


英国に留学していた時、デンマーク人の友人がいてある冬休みをデンマークスウェーデン南部で過ごした.想像通りの素晴らしい国.人々は高い生活水準であるにもかかわらず、とても節約家でしかも社会がそのようになっていた.友人は、デンマーク大学の言語学者で環境のために”菜食で反クルマ社会、反資本主義”であることを徹底していた.その友人の双子の弟は、生まれつきの脳障害を持っていたが、普通に銀行で働き、20代ですでに独立した一戸建ての家を持ち堂々と一人の大人としての尊厳を持った生活をしていた.すべての人々が経済的には同レベルで、みなが環境や社会のことに敏感であったように思った.

ベルギーに来て、沢山のスウェーデン人やオランダ人がそのような「社会主義的社会」から逃げ出し、ベルギーの自由を満喫していたのも知っているが・・

子供達が小さかった頃は、デンマークの子供玩具「レゴブロック」が、資本主義の経済とは少し違うやり方に感動した.小さい箱10個と同じもので同じ数のブロックが入っている大きい箱では、大きい箱の方が値段が高くなる.大きい箱を買えるのは、金持ち.貧乏な子供には割安で売るという発想.

スウェーデン製のバイク・ハスクバーナ、クルマのヴォルヴォなどどれも頑丈に作られ、一番長持ちする、という評判はつい最近まで聞いた事だ.IKEAもベルギーには70年後半にはオープンしていた.私は当然スウェーデン社会主義的伝統の元に成り立っていると思っていた・・・環境と人権と・・・

6月にスウェーデンのゴーテブルグという町へ行った.この町はヴォルヴォや沢山の会社や工場がある工業都市.何にショックを受けたかというと、酷いアメリカナイズ、消費主義、他の欧州の町と比べると古いものが非常に少ないことなど.工場が沢山あるので、当然外人労働者の数も多い.完全に企業のための町だ.

ストックホルムにいる友人に「なんでまたそんな場所へ」と言われた理由が良くわかった.私には、工業の町というのは例えばベルギーのリエージュや他の町にしても、ちゃんと欧州らしい風格のあるまともな町しか知らなかった.ゴーテブルグは、アメリカや日本と同様(人の生活としては社会福祉の伝統がちゃんと見えるが)企業の為に働き、娯楽として買い物をし、TVを見て、また消費を促される.必要もないモノを買い、支払いの為にまた働く.建築物は一部を除き、日本と同じですぐに壊す事を前提に、効率よく安材料で建てられたもので、全く魅力に欠ける.観光客のために新しく作られた港周辺にも、全く魅力を感じなかった.丁度横浜のみなとみらい地区や山下公園のような感じ・・・

赤ん坊があまりに沢山いるので、ネットを見たら案の定「ベビーブーム」だそうだ.地球の人口過剰が環境汚染や他の問題を引き起こすとした、40年前の地球環境の思想はどこへ行ってしまったのか?

最近のオランダにもがっかりさせられる事が多い.オランダの巨大石油会社シェルが、世界各地で石油の流出事故を連発し、それをひた隠そうとする姿勢.多数の企業による強欲なまでの世界進出・・・

私はどちらかというと北欧初め、北側の欧州が好きで、ベルギーにいながら子供達には、オランダの教育を受けさせた.それは良かったが、オランダの企業からは、あの寛大さや善良さは全く見受けられない.

5月〜6月様々な場所へ旅行したが、欧州の南部の感覚の方が今は気に入っている、もちろんベルギーから南部という意味.

結局私が気がつかないうちに、北の欧州は新自由主義というアメリカの資本主義にそった方向へ行ってしまった.企業の利益が最優先するという事.だから世界の問題よりは、自分たちの国や企業が競争で勝っていく事のほうが大事だ、となってしまった.

ということは、更に地球規模の環境や社会問題は、全く解決の方向へは行かないという事だ.何しろ信頼していたEUの主要国がそれぞれ利己主義になっている.それでも希望が持てるのは、欧州の心ある人々は今でも欧州の伝統である「人権と生活環境」が一番大事だと考えている事.

今日の写真は、ピューリッツァー賞も取った有名な写真.アフリカの飢餓の現場で、子供が力なく這いずって食糧のあるテントへ向かっていた.ちょっと休んだときに禿鷹が後ろで待機している.最近知った事は、これを撮った写真家が、その後自殺をしてしまったこと・・・

今の東アフリカの飢餓は、1400万人以上が危機にさらされている.先進国の強欲な開発と資源の搾取など様々な原因で、気候変動に伴った干ばつで作物が作れない.欧州が一番沢山の支援物資を送っているが、足りないらしい.大きな企業が、本気で飢餓をなくしたいと思えばできるはずだが、そういうことは利益追求の思想からは離れてしまう.なので、どの企業も何もしない.ロックフェラーなどのアメリカの資産家も1400万人が一年生きていける食糧を提供したって、全く痛手にはならないはずだ、でもそんなことをするより、更なる利益追求のほうが、彼らには重要な事なのだ.